くだらないかもしれないのですが、新札へと切り替わって以降、私は福澤諭吉の一万円札を出来るだけ使わないようにしています^^;
いざという時の現金としてキーケースに入れている一万円は小さく折った諭吉。
クレカNGの病院に行く前に諭吉しか財布にいないものならわざわざATMで栄一を招く。
そのATMで引き出した現金に諭吉が混じっていようものなら、財布のお札入れの一番後ろに並び替え、まるで大御所歌手のようにその登場を焦らす。
自分でもいつまでこの攻防?が続くのかと思っていますが、感情がそうさせるのだから暫く付き合うしかない。
写真を撮った時の手持ちは奇跡的に諭吉が4枚で栄一は不在でした笑
調べると、諭吉は一万円札に約40年もの間採用されてきたという。
道理で思い入れが強くなるはずだ。
物心ついた頃には年に一度のお年玉でしかその存在を拝めず、「諭吉コスメ」なるものに学生時代は踊らされ、中津の旧居を見学し、創設した大学キャンパスの瀟酒さにジェラり、その著書『西洋事情』での「ビブリオテーキ」の記述は日本での図書館建設のきっかけになったと司書資格勉強で知り感動するなど、自分の人生の中に色々思い出?笑があります。
時代は"実業家"栄一を推すけど、私は"思想家・教育家"諭吉を推したい^^;
ノスタルジーに支えられたご執心を糧に、いつまで続けれるかわからない諭吉囲みに精を出すのであります笑