今年の「季節の手仕事」のメインだった梅干し作りが終わり、少しお熱も落ち着いてきました。
そして、ふと我に返って思う。
「材料の梅が1,600円/40粒は手間暇込みで考えたら市販の梅干しを買った方が安かったのでは?」
手作りの梅干しは一つ一つの工程は簡単でも、出来上がりに1ヶ月かかりました。
一方で、市販品は無添加でもお手頃な値段で手に入るものもあるし、当然ですが買えばその日からすぐに食べられる。
そして私は母や祖母が手作り梅干しを作っていた、という家庭で育ったわけでもありません。
それなのになぜわざわざ「自分で作る」ことにこだわったのだろう?と。
今まで梅干し以外にも、ジャムやらっきょう漬け、味噌も作りました。
どれも市販で手に入るのに何故だろう?
実質的な面から考えれば、添加物が入らないから安心安全だし、味を自分好みに調整できたりなど手作りのメリットはあります。そしてそれらは市販品よりある程度お値段が高くなっても仕方ないかという納得感に支えられています。
そして、他に私が思うのは「祈り」の要素。
宗教とかスピ系ではなく、作っている時に「美味しくなあれ」と心で唱える。
「私が手をかけた」ものが美味しくなるということは「私のこれから」も良い方向へいくことだと考え繋げ、そしてそうあってほしいと暗に願っているのかもしれないなと思うのです。
拡大解釈が過ぎやしないか?とも思いますが、でも実際そう感じている自分がいます。
実質的メリットだけでなく心への働き。

セミリタイア生活は楽しいし不満はありません。
それでも不安になることだってあるし、将来だってそうです。
そういう生活の中で「季節の恵み」というナマモノを丁寧に扱い、違う姿へと創りあげる。
そのナマモノを自分自身と重ね合わせ、その創造の過程を自分の人生と捉える。
会社員という既製のレールを降り、一個人でオーダーメイドの人生を歩むようになった今だからこそこのような感じ方をするのかもなぁと思います。
なんだか大袈裟な話になったかもしれませんが、季節の手仕事は単純に楽しいし美味しいということも忘れてはいませんよ。その大前提ありきです。
今年後半も穂紫蘇の塩漬け、干し柿、たくあん、あんこ、りんごジャムなど手仕事を楽しみたいと思います、、、もちろん祈りながら^^