「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を知ったのは今年の春に放送されたNHKドラマ『しあわせは食べて寝て待て』でした。
正直その時はよく理解できませんでしたが、言葉がキャッチーだったので覚えており、先日新聞でこの言葉を再び目にした時、関心が向き、ようやく腑に落ちました。
「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、イギリスの詩人ジョン・キーツが指摘した「事実や理由をせっかちに求めず、不思議さ、懐疑の中にいられる能力」のことです。
つまり、答えのない状態に中ぶらりんでも耐えれる力のことなのです。

今の世界は先行きが不透明な時代。
政治、自然環境、IT技術の発展に代表される様に「今まではこうだった」が通用しない世界になっています。
それでも人間は「なぜそうなのか」「どうしたらいいか」など「答え」を見つけたがる傾向にあり、白黒はっきりつけないと気が済まない。しかも、幸か不幸か、インターネットやAIの登場でその答えが「早く」出てこないとイライラもつのるし、「わかりやすい」ものが好まれるようになっています。
そう、それはきっとそうしないことには「不安」だからなのだと思います。
私にも覚えがあります。
でも、今世界や日本が抱える問題はそんなに簡単に答えは出ない。
ひとりひとりの人生だってそうです。
そんなに簡単に明快に人生は進んでいきません。
そういう状況を受け止め、腐らず、時間をかけ、自分の頭で考える。
結果、たどり着いた「答え」が正解か不正解かはその時の状況に寄るだろうし、その「答え」もひとつではないかもしれない。
そんな中ぶらりんを生きていくのが人生なのでしょう。
これは以前記事にした、養老孟司先生の説く生き方にも通ずる考え方で、きっとこのネガティブ・ケイパビリティを「楽しんで」できたら一流なのだろうと思いました。
この能力の重要性は今の時代に生きているからこそ、よくわかります。
でも、それができるかどうかは別の問題。
私はセミリタイア生活になってから、人生という大きなテーマでなくても暮らしの中のちょっとした事で「答えを出すのを保留する」場面が出てきたと感じており、そのプロセスをストレスに感じたことが結構あります。
「時が熟すのを待つ」というのは中々難しいのです。早くスッキリしたいですからね^^;
でもまぁ、こういった姿勢が「能力」であり重要であると認識できたのは大きな収穫かとも思います。
人生、日々修行ですねぇ・・・。