
戸定邸に隣接する歴史館にもお邪魔してきました。
偶然にも側の木々が赤、緑、黄と3色の彩りで重なっており綺麗ですね。
こちらでは1867年のパリ万博に日本代表として若干14歳で参加した徳川昭武の当時の様子がわかる資料が展示されていました。
そもそもこちらを訪れたのも、先日読んだ昭武に関する本が面白かったからでした。
本には載っていないような情報に出会えると良いなぁと観てきましたよ^^
こじんまりとした展示スペースでしたが、ありました、ありました!思わずクスってなるネタ笑
残念ながら写真撮影NGだったので私の走り書きメモだけを頼りにご紹介しますね。
それは『清水民部大輔殿随従仏蘭西国二罷り越候木村宗三より差越書状数通之写』(昭武に随従してフランスに渡った木村氏が寄越した書状)にある、毒舌。
1867年のパリ万博で日本は芸者を3人派遣してお茶屋を開いたのですが、これが大盛況だったのです。でも、その芸者さんの容姿がどうやら木村氏は気に食わなかったようで、書状にはこのような毒舌ぶりを発揮していました。
柳橋より参り居り候芸者、此人無細工の女にて実に他国の人に見られ御気の毒千万に御座候
*平仮名の箇所は原文では所々カタカナでしたが読みやすいように直しています
無細工(ぶさいく)で御気の毒様って!!苦笑
よほど親しい間柄の人に宛てた書状だったのでしょうか?すんごい毒舌。
昔の字でさらさらと墨で書いてある内容にまさかこんな毒を吐いている箇所があるなんて思いもしないですよね!?そのギャップが面白い。
続く一文でも西洋の女性は麗しいとも書いてあり、いつの世の人も美醜については敏感だったことがうかがえて、なんだか親近感を覚えます。
いや〜これは思わず笑っちゃいましたね、来た甲斐ありました笑
そんなこんなで戸定邸と歴史館を楽しんだ後は地元のお蕎麦屋さんで鴨南蛮をいただきました。
出汁がうま〜!柚子が良い味出してる!ネギもちゃんと炙っておりシゴデキな一品でした。

美味しゅうございました〜!
店内には年越しそばの予約チラシなどもあり年の瀬を感じました。
でも今回のお出かけも大変充実したものだったので、師走の忙しさはあるけれど、またどこかへ訪れたいなと思いました^^