掲題の件、皆さんご存知でしたか?
少し前に大学教授が寄稿した新聞記事で私は初めて知りました。
AIは本(=文字)を「読む」ことはできず、あくまでも文字の統計的な情報処理をして答えを出す作業をしており、これは読書とは正反対のことだそうです。
読書とはゴールが確定していない冒険のようなもの。
文から文へ読み進める過程で自分の中の何かが変化する経験である、とその教授は言う。
うん、確かにその指摘はすごくわかる。
感動して涙が出たり、励まされてやる気が出たり、おかしくて笑ったり、身体的と言ってもいい変化を私たちは読書を通して経験しますよね。
一方AIは課題に対して最大公約数的な答えを出すという、ゴールが明確なことが得意。
しかもそのプロセスは早いけど無機質。
なるほど、確かに読書は出来なさそう^^;
AIって勝手になんでも出来そうと思っていたので意外な驚きでした。

でも人間にそのような読書体験を与えてくれる「本」自体をAIは書けるのだろうな、と思うとちょっと複雑。
なんと言うか、AIが主導権を握っているように感じてしまう苦笑
件の教授もAIは意外と発想力を要する課題の出来も良いとし、AIを多用することで人間の「考える力」を失うリスクを警鐘されています。
巷でもAIに仕事を奪われる!と話題になりましたしね。
AIに任せれる所と人間がやるべき所を分けてAIを上手く使うと言う方もいますが、それが続くといつの間にか自分の判断の主導権を握られやしないか、あるいは自分の判断を客観的に見る力がなくなるのではとか私は思っちゃいます^^;
まぁ始まったものは進んでいくほかないでしょうからね。
私は様子見スタンスでいますが、それよりもむしろ、AIが取って代われないことへの興味がますます増します。
代表的なのは手作業が伴うことと対人関係でしょうね。
農業、機械・インフラの整備、大工、営業、医療・介護などの仕事系。
読書、旅行、芸術鑑賞(映画・音楽・美術など)、スポーツとかの趣味系。
あと最近これはビジネスになっていますが、家事(料理・洗濯・掃除etc)も該当しますよね。
これらは身体や感情がないとできないもの。
なんと「人間的」なのでしょうか!
パソコンの前にじーっと座ってばかりいないで身体を使おう!五感を磨こう!と思うのでした。