今回の戦争遺跡は神奈川県にある「登戸研究所資料館」です。
ここは1937年に開設され、旧日本陸軍が秘密戦のための兵器等を研究・開発していました。
戦況が悪化してくると長野県伊那や安曇野など、様々な場所に疎開をして業務を続けましたが、一時期は軍人・職員が1,000人を超えるほど大規模な研究所でした。
戦後、この一帯は明治大学が買い上げて今では生田キャンパスとして使われており資料館はその中の一画にひっそりとありましたが、ものすごい情報量と平和教育の普及に尽力されているのがよく分かる様相でした。
私は生田駅から向かいましたが、10分ほど歩くとキャンパスの入り口はこの傾斜!
幸い、行きはエスカレーターを使えましたが、帰りは階段でした^^;

登りきっても資料館までさらに10分ほど歩いたでしょうか。
それもそのはず、下の写真にあるようにエスカレーターを上り切ったのはGの少し北の辺りで、資料館はEの場所なんですから。

ちなみに当時の研究所自体は写真にあるように現在の明治大学敷地範囲を超えた規模だったようです。この後資料館で様々な事実を知るわけですが、私はこの規模感に一番驚いたかもしれません。戦争の勝敗を左右するほどの開発をしていたのですものね、、、圧倒されました。
生田キャンパスには農学部もあるのでそちらで育てた野菜の販売を謳うノボリが見えたりと、ほのぼのしながら歩いていたのですが、道中には陸軍マークの入った消火栓や弾薬庫がそのままあったりするなど当時の遺跡があちこちにあり、心はざわつきました。




この建物が資料館ですが、当時は植物を枯らすための細菌兵器を研究していた場所。
ぞぞぞっ・・・怖い!
資料館開設にあたり、出来るだけ当時の内装を復元するように努められたようで、各部屋にある流し台は当時のままだそう。

確かにちょっと昭和っぽいテイスト。
廊下の壁までぎっしりと資料と解説が並んでいます。
、、、と、ここから先はちと長くなりそうので続きは明日書きますね。