癌闘病をしていらっしゃる養老先生を久しぶりにT Vで拝見することができました。
先日YouTubeで対談されているのを見かけていたので、体調が上向きになったのだろうと安心していました。
そこにこのドキュメンタリー。
寛解にはまだ時間が必要ですが、どうやら山場は越えられたよう。
ひとまず一安心しました。
でもいつもと変わらぬ哲学的な思考、飄々とした素振りではありましたが、今年で89歳。
今までと同じとは言えぬ場面もありました。

その中の一つが家族や親しい人への「気持ち」を言葉にされていたこと。
今までの先生は冷静、ロジカルで自己完結型のイメージ。
でも、病気を経験されてから家族の気持ちを考えて行動するようになられたようでした。
もちろん私は一部分しか見ていないので、以前からそうされていたのであれば大変失礼な話なのですが、少なくとも私は先生の発言に少し変化を感じました。
よく言われていらっしゃる「二人称の死」を念頭に置かれたのでしょうか。
深くはわかりませんし、養老先生自身もまだそこにうまく自分を馴染ませられていないような印象でした。
今まさに今までと違う階段を登ってそこから見える景色を咀嚼されている最中なのでしょう。
「死」とは「生」とは。
勝手ながら、寛解された暁に先生の考えをまた拝聴したいなと思うのでした。
メメントモリ
カルペディエム
「死」を意識すると結局この言葉達に行き着く。
先生も、私も、あなたもそう。
それぞれの「今」を生きましょう。